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2008年01月 アーカイブ

2008年01月18日

『あんこ』と『そっぷ』

「あんこ」と「そっぷ」は相撲用語。
「あんこ」は肉付きがよくて、でっぷりと太った体型をした力士を意味しています。
その語源は魚の「アンコウ」からきています。
このタイプの力士は体の大きさから威圧感をかもし出すことができる反面、バランスが悪くなりスピードもありません。
また、引き技やはたき技が弱点です。
さらに体重を支えるために足や腰に負担がかかってしまい、怪我が多くなりやすいようです。
あんこ型の代表的な力士は、小錦、武蔵丸、柳川、須佐の湖などがあげられます。
以前は上位力士によく見られる体型でしたが、飽食時代の現在は下位の力士でもあんこが多くなっています。
逆に痩せている力士を「そっぷ」といい、その語源は「スープ」からきていると言われています。

また、相撲用語だけではなく、日本のプロレス界においても同様の意味で「あんこ」が利用されています。
あんこ型の代表的なレスラーはサンダー杉山、橋本真也、吉江豊、マンモス佐々木などがあげられます。

『一代年寄(いちだいとしより)』

昭和16年5月にできた制度で、相撲界に大きな功績を残した力士に対して与えられる特別の資格で、その該当する力士一代限りの年寄株が「一代年寄」です。
この資格を取得したら定年まで日本相撲協会に在籍して、現役時代の四股名を親方名として使用できることになります。
大変名誉なものではありますが、本人しか利用できません。
弟子のスカウトなどで有利となるメリットがある一方、相撲協会を退職したら部屋の名前が引き継がれないので一代限りの部屋で終わってしまうというデメリットもあります。
つまり定年退職などにより後輩に部屋を引き継ぐ際には、その後輩の名前の部屋になってしまうのです。

一代年寄の襲名が認められた横綱は過去に、大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花の四人がいます。
しかし、千代の富士は一代限りの部屋を作りたくはないとの理由と、九重部屋を引き継ぐ予定でもあったので辞退して九重親方となって活躍しています。
そのために、現在有効な一代年寄は北の湖と貴乃花だけとなっています。


『横綱(よこづな)』

大相撲における最高位が「横綱」で、また、横綱となった力士だけが許される腰に締める白い麻で編んだ綱の名称でもあります。
英語では"Grand Champion"と表記され、また、天下無双という意味を込めて「日の下開山(ひのしたかいざん)」という別称で呼ばれることもあります。
横綱として番付に登場したのは明治に入ってからのことで、300年もの相撲の歴史の中で69人しかいません。
全ての力士の代表でもあり、御神木と同じく神の依り代でもあるので、神に近い存在ともいえるでしょう。

この横綱になるためには、大関として二場所連続優するか、それに順ずる優秀な成績をあげると、横綱として推薦されます。
条件をクリアし複雑な手続きを踏んで晴れて横綱として認められると、特別な事情がある以外は引退するまで半永久的にトップの地位に就くことができます。
横綱の特権は、
・15人程度の付け人が付く
・現役力士の代表として日本相撲協会の評議員となることができる
・年寄名跡がなくても引退後5年間は現役時代の四股名で年寄として協会に残ることができる
・引退後一年したら、師匠の了解を得てから部屋を新設できる
・移動時はグリーン席やファーストクラスを利用できる
などがあります。
しかし、その特権の代償として出場するからにはいつも最高レベルの相撲内容や成績が要求されることになるので、横綱としての責任は大きいものとなります。

『横綱土俵入り(よこづなどひょういり)』

大相撲の横綱が本場所の幕内取組前や巡業先などで行う土俵入りを「横綱土俵入り」といい、その他の力士が土俵の上で行う儀式である「土俵入り」とは区別されます。
幕内の力士の土俵入りが終わった後に、大銀杏を結った露払いと太刀持ちの二人の力士を従えて行われます。
この二人の力士は同じ部屋にいる、原則的に幕内の関脇以下の兄弟弟子が務めることになりますが、その部屋にいない場合には力士を借りることになります。

横綱土俵入りには江戸時代末期に活躍した第10代横綱雲龍が始めた雲龍型(うんりゅうがた)と第11代横綱不知火が始めた不知火型(しらぬいがた)があります。
現在の雲竜型は、四股のあとに下の構えで下の構えで左腕を曲げて脇腹に当て、右腕だけを横に伸ばす型です。
左手は「守り」を右手は「攻め」を示しているといわれています。
また、不知火型は両腕 を大きく広げてせりあがり、「攻め」を示しているといわれています。

『廻し(まわし)と化粧廻し(けしょうまわし)』

「廻し」とは、力士が腰に巻いている布です。
本場所の「締め込み」とも呼ばれる取組用、稽古用、土表入り用の3種類あります。
幕下以下の力士は稽古用と本場所用の廻しは一本の黒い廻しを利用し、十両以上になると稽古用に木綿の白い廻しをもらえます。
廻しは固く締めることが基本ですが、わざと緩めに締めて廻しを取った相手力士の力を十分に出させないようにするものもいます。
通称「ユルフン」と呼ばれるもので、ときに非難の対象となっています。
また、取組中に廻しが緩んで前褌、前袋などの前廻しが外れて落ちてしまうと「不浄負け」という反則負けになります。

「化粧廻し」は、土俵入りする際に締める儀式用のもので、長さ6m幅68cmの長い布の先端に豪華な刺繍と馬簾(ばれん)が付いていて、エプロン型の大きな前垂れがある高価な廻しのこと。
横綱の場合には本人の分の他に、太刀持ちと露払い役の力士の分の「三つ揃い」といわれる三点セットとなっていることがほとんどです。

『関脇(せきわけ、せきわき)』

大相撲において「関脇」とは番付上の階級のひとつで、小結の上位にあって、また横綱・大関の次に位置しています。
大関・関脇・小結を合わせた「三役」の真ん中の階級でもあります。
その名前の由来は大関の脇に控えるからといわれていて、その名の通り大関の次に実力があるとされる力士です。
江戸時代には大関の階級が看板大関であることが多かったので、実質的に関脇が最強力士となっていることも多かったようです。

関脇に昇進する際には横綱や大関などのように特別な規定はなく、小結で勝ち越すことが目安とされている程度。
平幕を上位で勝ち越して、関脇や小結の全力士が負け越している場合や勝ち越し力士が1人だけの場合には、小結を飛び越えて関脇に昇進できることもあります。
また、平幕優勝すれば翌場所には一気に関脇に昇進できますが、戦後そのようなケースはほとんどありません。
ある程度簡単に関脇に昇進できる反面、一度負け越してしまうと平幕まで落ちてしまうので入れ替わりは激しい階級となっています。

『禁じ手(きんじて)』

「禁じ手」とは反則技で、すぐに反則負けとなります。
力士には相撲教習所で基本的な教育がなされますが、この禁じ手も教え込まれます。
主な禁じ手は、
・握り拳で殴る
・相手の髪の毛を故意に掴む
・目、又はみぞおちなどの急所を突く
・両耳を両手で同時に張り手する
・前立褌をつかんだり、横から指を入れて引いたりする
・のどをつかむ
・胸やお腹を蹴る
・指を掴んで折り曲げる
などがあげられます。
また、これらの反則を盛り込んで観客に決まり手、四十八手や禁じ手を紹介することものを「初っ切り(しょっきり)」といいます。
江戸時代から始められたもので、現在では大相撲の花相撲や巡業などで見ることができます。
幕下以下の力士二人と行司が土俵にあがってこの初っ切りを取っていきますが、相撲の取組を誇張したりわざとルール違反したりするので面白い内容のものとなっています。
これを楽しみに来場する観客もいるほど。
初っ切りに限って反則負けはないので、仕切り直しとなるので勝負はなかなかつかないことがおおくなっています。


『決まり手(きまりて)』

「決まり手」または「極まり手」と表記されます。
その意味は相撲で勝負が決まった時の技を言葉で表現することで、大相撲だけではなくアマチュア相撲でもこの決まり手を決定しています。
行司が決めることになっていますが、決めにくい場合には決まり手係を担当している親方が判断します。
一般的に技であるものと自滅などで一方的に負けてしまう非技であるものがあり、全部で四十八手と言われてはいますが、実際は82手もあります。

・基本技:突き出し、突き倒し、押し出し、押し倒し、寄り切り、寄り倒し、浴びせ倒し
・投げ手:上手投げ、下手投げ、小手投げ、掬い投げ(すくいなげ)、上手出し投げ、下手出し投げ、腰投げ、首投げ、一本背負い、二丁投げ、櫓投げ(やぐらなげ)、掛け投げ、掴み投げ
・掛け手:内掛け、外掛け、ちょん掛け、切り返し、河津掛け(かわづがけ)、蹴返し(けかえし)、蹴手繰り(けたぐり)、三所攻め(みところぜめ)、渡し込み、二枚蹴り、小股掬い、外小股、大股、褄取り、小褄取り、足取り、裾取り、裾払い
・反り手:居反り、撞木反り(しゅもくぞり)、掛け反り、たすき反り、外たすき反り、伝え反り
・捻り手:突き落とし、巻き落とし、とったり、逆とったり(さかとったり)、肩透かし、外無双、内無双、ずぶねり、上手捻り、下手捻り、網打ち、鯖折り、波離間投げ(はりまなげ)、大逆手、腕捻り(かいなひねり)、合掌捻り、徳利投げ、首捻り、小手捻り
・特殊技:突き落とし、引っ掛け、叩き込み、素首落とし、吊り出し、送り吊り出し、吊り落とし、送り吊り落とし、送り出し、送り倒し、送り投げ、送り掛け、送り引き落とし、割り出し、うっちゃり、極め出し、極め倒し、後ろもたれ、呼び戻し
・非技:勇み足、腰砕け、つき手、つき膝、踏み出し

『懸賞(けんしょう)』

「懸賞」とは、大相撲の取組に勝った力士が貰える賞金のことです。
その始まりは平安時代の相撲節会(すまいのせちえ)といわれ、布・米・弓・刀・馬などの賞品が授与されていました。
昭和20年代以降は米、味噌、炭などの生活必需品が主な懸賞でしたが、昭和35年9月場所から一律の懸賞金になり、1991年から一本6万円となりました。
実際の6万円の内訳は、力士に3万円が渡され、2万5千円を日本相撲協会が預かって本人名義で積み立てられ、残りの5千円は取組掲載料などの費用に使っています。
その申し込みは取組の4日前までとなっていて、取組の指定は千秋楽を除いて取り組み前日の14時までが期限となっています。
また、懸賞がかかった取組が不戦勝や引き分けの場合懸賞金はもらえず、提供者に戻されたり、後の取組に振り替えられたりします。
横綱や大関クラスの取組には、多くの懸賞がかけられ、最も多くの懸賞がかかった取組は平成18年(2006)9月場所の第68代横綱朝青龍と大関白鵬が対戦したときの51本です。

『行司(ぎょうじ)』

「行司」とは大相撲において勝負を裁く役目をする人を指します。
勝負が決まったら、どちらが勝ったかを軍配で示すという役割は誰でも知っているでしょう。
行司の判定に対して、行司とは別に相撲勝負の判定に関わる審判勝負審判などが異議を申し立てた場合「物言い」となって、その勝負について協議されます。
また、勝負を決める他にも、
・取組中にも掛け声を掛ける
・観戦の邪魔をしないように移動する
・廻しが緩んだら締め直したり、力士の外れたさがりを土俵の外に出したりする
・番付を書く
・決まり手をアナウンスする
など、様々な仕事があります。

力士と同じく書く相撲部屋に所属していて、定年は65歳と決められています。
上下階級の序列も厳しく、『審判規則』によって装束も決められているほど。
この階級は原則的には年一回9月場所の後の番付編成会議で審議されて理事会で決定され、翌年1月からの適用となります。
最高位は「立行司」で、木村庄之助と式守伊之助の2人いて、必ず結びの一番を裁くことになっています。

『行司の呼び上げ』

「取り組み」
四股名の間に「に」をつけて一声で呼び上げます。
「(四股名)に(四股名)」
三役以上の取り組み、中入り前の一番、十両最後の一番では、四股名の前に「かたや」や「こなた」をつけて二声で呼び上げます。
「かたや(四股名)、(四股名)、こなた(四股名)、(四股名)」

「結びの触れ」
「番数も取り進みましたるところ、かたや(四股名)、(四股名)、こなた(四股名)、(四股名)、この相撲一番にて、本日の打ち止め」と呼び上げます。
天覧相撲の時は、天皇に対して敬語を使わなければならないので「打ち止め」を「結び」という言葉にします。

「出世披露」
新弟子が前相撲で三勝して翌場所から序の口に上がることになった力士のお披露目です。
中日の三段目の取り組みの最中に行われることになっていて、先輩力士の化粧回しを借りて土俵に上がり、 新人の行司に名前を読み上げてもらいます。

「顔触れ言上」
「かおぶれごんじょう」と読みます。
立行司や三役行司が、一番ずつ一枚の和紙に相撲文字で書かれた「触れ」を示しながら、翌日取り組みする幕内力士の名前を、土俵でお知らせすることです。
横綱土俵入りの後に行われます。

『四股(しこ)と四股名(しこな)』

「四股」とは相撲力士の基本運動のひとつで、足腰を鍛える重要な動作です。
別名「力足」とも呼ばれていて、邪気払いの力があるといわれる動作で、大きく二回四股を踏むという儀式をしてから土俵に上がります。
両足を左右に開いて膝を曲げて腰をおろし、手は膝の上において片足ずつ高く上げて、また下に下ろしますが、その時の足はつま先から踵へと力を入れてすり下ろすように地面を踏みます。
きれいに四股を踏むことは難しく、集中して自分が一番苦しい体勢をとるのが四股です。

「四股名」は力士の名前を意味しています。
以前は自らをへりくだって呼ぶときの名前として「醜名」という漢字を当てていましたが、いつのまにか「四股名」と書かれるようになりました。
同音異字のものや同じ四股名を使うことはできません。
また、改名する場合には各場所の千秋楽から番付編成会議までの間に改名届を提出して承認されることが必要となっています。

『手刀(てがたな)』

相撲に勝って、勝ち名乗りを受ける力士が軍配に乗せられている懸賞金を受け取るときに手刀を切ります。
この手刀は左、右、中央の順番に手で空を切るという動作で、土俵を守っている「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」、「高御産巣神(たかむすびのかみ)」、「神産巣日神(かみむすびのかみ)」の三神に感謝するという意味があります。
その始まりは江戸時代で、千秋楽の結びの三番で勝った小結は矢、関脇は弦、大関は弓を受け取る習慣がありました。
後に大関に変わり弓取り式の力士が弓を受け取ることになって、行司から差し出される弓に手刀を切る動作をするようになりました。
当時はその弓を受け取るときにだけ手刀が切られていましたが、当時大関だった名寄岩(なよろいわ)が取り組みに勝って懸賞金を受け取る時に手刀を切ったことがあまりにも真摯な態度に見えたので、他の力士も真似をするようになりました。
昭和41年には相撲協会が「懸賞は手刀を切って受け取ること」と正式に通達しています。

『小結(こむすび)』

大相撲において「小結」とは番付上の階級のひとつで、前頭の上位にあって、また横綱・大関・関脇の次に位置しています。
大関・関脇・小結を合わせた「三役」の最下位でもあります。
「小結」という言葉の語源や由来は明らかにされてはおらず、諸説がささやかれているにとどまっています。

一般的に、前頭の筆頭でその場所で勝ち越すか、幕内上位で大きく勝ち越すことになればある程度すぐに小結に昇進できますが、逆に負け越してしまうとすぐ平幕におちてしまいます。
平幕との差はあまりありませんが、関脇に昇進する場合には全取組が横綱や大関を含む最上位力士との取り組みの中で勝ち越さなければならないので昇進は難しいものとなっています。
また、関脇に負け越しがない場合に、小結に据え置かれる場合も多くなっています。
戦前までは小結でも優勝に順ずる成績をあげて関脇を飛び越して大関昇進となる場合もありましたが、戦後はそのようなケースはほとんどありません。

『床山(とこやま)』

力士の髷を結うことを専門にしている人を「床山」といいます。
日本相撲協議会が採用して、力士、行司、呼出と同じように書く相撲部屋に所属しています。
また、先頭に「床」という文字がつく床山名がそれぞれついています。
美容師や理容師などの資格は特に要りませんが採用資格があり、義務教育を修了した満19歳未満の男性で、入門してから3年間の見習い期間を経て一人前となります。
定年は65歳となっているようです。
現在、52名の床山がいて、序ノ口から横綱まで約900名の力士の髷を専門に結っています。

また、6段階の階級があります。
・五等床山(勤続5年未満)
・四等床山(勤続5年以上で成績優秀な者)
・三等床山(勤続10年以上で成績優秀な者、または勤続5年以上10年未満で特に成績優秀な者)
・二等床山(勤続20年以上で成績優秀な者、または勤続10年以上20年未満で特に成績優秀な者)
・一等床山(勤続30年以上で成績優秀な者、または勤続20年以上30年未満で特に成績優秀な者)
・特等床山(勤続45年以上、年齢60歳以上で特に成績優秀な者)

『相星(あいぼし)』

「相星」とは相撲用語である。
対戦している力士二人の勝敗の数がある場所において同じであることを意味しています。
また、「相星決戦」というように、千秋楽に勝ったほうが優勝とする一番で使われることがほとんどです。
優勝決定戦でもある相星決戦で負けたり、決定戦制度以前の上位者優勝のために優勝とはならなかったりした力士も、優勝力士との相星であるとして番付編成や記録に関して配慮されることが多くなっています。
現在は、取り直しや不戦勝に関する優勝制度がきちんと規定されているので、引き分けや預り、無勝負、相手の休場による休みなどを総合して考慮されるので、相星となることはほとんどありません。
しかし、優勝に関する制度がなかった頃は、大関が8勝1敗、関脇が8勝1敗1分、小結が7勝1分1預1休などのような場合、誰を優勝と見なすのか意見が分かれていました。
実際には勝ち越しの多いほうが優先されることになり優勝となったという実例もあります。

『大関(おおぜき)』

大関とは現在、横綱の次に強い階級で、大関・関脇・小結を指している「三役」のトップとして多くの特権が与えられます。
明治時代までは現在の相撲の最高位である言葉「横綱」は腰に締める白い麻で編んだ綱を指していて、大関が最高位でした。
大関が最高位だったのは江戸時代にまでさかのぼって番付が作られるようになった頃で、「関取」の上に「大」の字を付けたことが語源となっているようです。
この大関になるためには、番付編成会議で大関昇進が決定されると、協会から使者が派遣されて横綱のときと同じような「昇進伝達式」が行われます。
新大関となるのは、翌場所の番付発表のときではなく、この時から大関と見なされます。

番付には東西に最低1名ずつ設定されることになりますが、大関が不在となるときには横綱が「横綱大関」として兼任します。
最近ではありませんが、横綱大関も難しい場合には関脇や小結から繰り上げ昇進させることもあるようですが、江戸時代には大関がいない場合には「看板大関」と呼ばれる大きくて見栄えがするだけの実力が伴わない力士を大関にする場合も少なからずあったようです。

『大相撲(おおずもう)』

「大相撲」とは、財団法人日本相撲協会が運営しているプロの相撲競技のことです。
日本の代表的なスポーツのひとつで、国技と見なされていますが法律できちんと定められているわけではありません。
公式戦としての本場所は年間で6場所行われ、奇数月に15日間開催されていて、最初の日を「初日(しょにち)」、8日目を「中日(なかび)」、最終日を「千秋楽(せんしゅうらく)」と呼んでいます。
本場所がない時期に地方巡業をしていますが、この巡業は協会や各部屋に大きな収入をもたらしていて、海外公演や海外巡業をすることもあります。

大相撲の取り組みは成績などが考慮されて、大きく2つ、小さく6つのクラスに分類されていて、基本的にはこのクラスの中で対戦をします。
上位リーグは幕内と十両から構成されていて、関取と呼ばれるクラスの力士で構成されています。
その中でも最上位に位置するのが幕内と呼ばれ、番付上位から横綱・大関・関脇・小結・前頭となっています。
「三役」とは小結以上を指し、「平幕」とは前頭を指しています。

『土俵(どひょう)』

「土俵」とは、相撲を取るための場所を意味しています。
俵に土を詰めた「土俵」と呼ばれる袋が使われるために「土俵場(どひょうば)」と呼ばれていましたが、いつの間にか略して呼ばれるようになりました。

もともと相撲を競技する場所は、見物人の人垣がその役割を果たしていて、「人方屋(ひとかたや)」と呼ばれていました。
人垣の中に相手を投げたり押したりすれば勝つというルールだったので喧嘩もしばしばとなり、相撲禁止令がでたほど。
そこで四本柱の中で相撲を取ることにしましたのが土俵の始まりのようで、それが1670年代の江戸時代の頃。
当初の土俵の大きさは13尺(3m94cm)でした。
しかし、昭和6年4月29日の天覧相撲から現在の15尺(4m55cm)となっています。
現代、土俵の大きさに関しては厳格に規定されていて、高さは34~60cm、一辺は6m70cmの正方形に土を盛って、その中央に直径4m55cmの円を20俵の俵で作ることになっています。

『土俵の屋根』

土俵の上には、切妻で千木と堅魚木を持っている神明造りの屋根があり、神がいる神聖な場所であることを意味しています。
その屋根には「房」と「水引幕」という装飾が施されています。
「房」の長さは2.1m、太さ6.6cm、重さ18kgとなっていて、絹糸をより合わせて作られたものです。
昭和27年に四本柱が廃止となって、柱に巻き付けられていた色布の代わりに、四隅に四色の房が飾られることになりました。
それぞれの房の色が四季と天の四神を表わしていて、正面から左に向かって東の青房は春と青龍神、南の赤房は夏と朱雀神、西の白房は秋の白虎神、北の黒房は冬と黒い亀の玄武神が祭られています。
また、「水引幕」というものは、屋根に張り巡らされている、幅120cmの紫色の幕のことです。
現在のものは、紫色の布に日本相撲協会の「桜」の紋章が白く輝いています。
北の黒房から東の青房、南の赤房、西の白房と張っていって、また黒房に戻って張られますが、これは太陽の運行と四季の変化を表わしていると言われています。

『土俵祭(どひょうまつり)』

「土俵祭」とは新しく作った土俵の地鎮祭の儀式を指していて、神道に基づいてその儀式が行われます。
本場所だけではなく、地方巡業や核相撲部屋でも土俵祭を行うことによって土俵や巡業、部屋の安泰を祈願します。

本場所では、初日の前日に、神官姿に威儀を正した立行司または三役行司が祭主となって二人の脇行司を従え、さらに日本相撲協会の理事長 、幹部役員、審判委員が列席して行われます。
二人の脇行司が清め秡いをしてから、祭主が「故実言上」と呼ばれる祝詞をあげ、土俵四隅にある四房の下に春夏秋冬の神々に神酒を捧げます。
次に、土俵の由来、勝負の道理、五穀豊穣の祈りなどの「方屋開口(かたやかいこう)」が行われます。
そして最後に「鎮めもの」と呼ばれる洗米・するめ・昆 布・塩・榧(かや)の実・かち栗の六品を土俵の中央に埋めて神酒をかけます。
こうして15日間の興行の成功と力士の無事を祈願して、土俵祭の儀式が終了します。

『日本相撲協会(にほんすもうきょうかい)』

日本相撲協会は大相撲を運営している文部科学省公認の財団法人で、商業的で職業的な相撲興行に関して、全国規模で開催している唯一の団体となっています。
通称「相撲協会」とも呼ばれています。

1925年に東京大相撲協会が「大日本相撲協会」となり、1927年大阪相撲協会が大日本相撲協会に合流して現在の相撲協会の組織ができました。
この協会の目的は相撲道の維持・発展と国民の心身の向上に寄与することを目的としているということです。
協会員や理事は、全て相撲関係者だけで構成されていて、歴史と伝統がある協会となっています。
しかし、最近外国人力士の増加していることによるトラブルや女性を土俵に上げないことを含めて、古い体質による問題がささやかれています。
伝統があり、格式ある日本の国技・相撲道を今後も維持していくためにも、将来的な相撲のあり方を考え直す時期にきているという人もいるようです。

『番付(ばんづけ)』

「番付」は大相撲において、毎場所初日の13日前に発行されている、力士や行司の順位表です。
縦57.7cm、横44cmの特注の和紙に、行司が毛筆書きを写真製版して印刷されています。
もともとは板に記述された板番付で、興行で闘うことになっている力士の名前と序列を知らせる看板のような役割をしていました。
現在もこの伝統は守られていて、両国国技館の正面入口にある櫓の下に大きな板番付が張られています。

基本的な番付の構成は東西に二分されていて、ほぼ同格のものを左右対称の位置に並べられています。
西よりも東が格上となっていて、例えば、東横綱は西横綱の半枚上ということになり、最も近い場所の結果を反映することになっています。
さらにランク別にも大きく、大関から序の口までなどのように分かれています。
このランクは総合的に評価されていて勝負結果を単純に反映しないようになっていますが、番付上で格が上の面のほど字が大きく、立派に描かれています。

『俵』

「俵」とは、土俵を形成している道具で、藁に土や砂利を詰めて円筒型にまとめたものを指しています。
利用される藁は刈り取って水分を飛ばした後、通気性の良い倉庫で1年ほど寝かしておき、その藁で俵を編んで、力士が踏みつけてもつぶれないように土だけではなく丸みのある小石を均等に詰めて、ひとつの俵にします。
そのようにして出来上がった俵を、正式な土俵で利用するのは全部で66俵。
内訳は、土俵の円周となる勝負俵が16俵、東西南北の徳俵が4俵、周囲を囲む角俵が28俵、四角のあげ俵が4俵、土俵に上がる上がり段(踏み俵)が10俵、少し小さめの水桶俵が4俵となっています。

勝負俵の周囲には円形に砂が撒かれていますが、これは勝負俵から力士の足が出たかどうか判別するためのもので、「蛇の目(じゃのめ)」と呼ばれています。
また、屋外相撲だった時代に、土俵にたまった雨水を外に出すために俵をひとつ分ずらしていた名残りで、土俵の円よりも俵ひとつ分だけ外側に飛び出している部分がありますが、これを「徳俵」と呼んでいます。

『本場所(ほんばしょ)』

「本場所」とは、日本相撲協会によって定期的に開催される大相撲の興行を意味しています。
力士の番付の階級や給料を決定する正式なものとなっています。
以前は1月と5月の2場所で11日間開催されていましたが、昭和24年に1月、5月、9月の3場所制、昭和28年から3月の大阪場所が加わり年4場所制、昭和32年から11月の九州が加わり5場所制、昭和33年からは7月の名古屋場所が加わって現在の年6場所制の15日間開催となりました。
1月(初場所)、5月(夏場所)、9月(秋場所)を両国国技館、3月(春場所)は大阪、7月(名古屋場所)は名古屋、11月(九州場所)は九州の福岡で開催されています。
1場所につき15日間連続で行われていて、1日目は「初日(しょにち)」、8日目は「中日(なかび)」、最終日にあたる15日目は「千秋楽(せんしゅうらく)」といいます。
また、各本場所の番付は、初日の約半月前に発表されることになっています。

『満員御礼(まんいんおんれい)』

「満員御礼」とは、大相撲において観客席が満員になると出される表示です。
本場所では観客が満員になると、中入り後の取組開始の柝が入るのと同時に国技館の土俵の正面と向正面、東西の4カ所にゆっくりと「満員御礼」の垂れ幕が天井から下がります。
初日と千秋楽に限っては、日本相撲協会理事長の挨拶が終わると同時に下がることになっています。
四本柱があった頃は、柱に「満員御礼」と書かれた白い布が巻かれていたようです。

満員御礼になると、力士や協会関係者、さらに報道関係者に10円が入っている大入り袋が配られます。
大体九割売れれば満員御礼を出していた時期もありましたが、現在では厳しくなっているようです。
最近では相撲離れが進んだことにより、地方場所では特に満員御礼が出にくくなっています。
また、相撲に限らず野球場やイベントなどにおいて人が満杯となったときにも「満員御礼」と表現することもあります。

『明け荷(あけに)』

「明け荷」とは、関取専用の荷物を入れる道具です。
以前は一般の人が旅行つづらとして利用していましたが、今では相撲界だけに残っています。
大きさは、横80cm、縦45cm、高さ30cmで重さは10㎏もあります。
竹としぶを塗った和紙であるべんがら漆で作られている頑丈な竹行李で、外側は全部濃い緑色で同じ形ですが、横に朱色で四股名が書かれているので持ち主はわかるようになっています。
十両以上の関取と十両以上の行司が持つことができるもので、横綱は三個、それ以外は一人一個身支度部屋に持ち込みできます。
化粧回し、取り廻し、浴衣、タオルなどあらゆる荷物を入れているようで、巡業の時にも必ず持っていきます。
幕下以下の力士が付き人としてこの化粧回しが入っている明け荷を運ぶ役割をしているので、俗に「ふんどし担ぎ」と呼ばれているようです。

力士が関取に昇進すると同期生が明け荷をプレゼントする習慣があり、関取を目指すものにとっては憧れの道具です。

『立合い(たちあい)』

相撲において、力士同士が蹲踞の姿勢からお互いの呼吸で立ち上がって相撲を始める瞬間を「立合い」と呼んでいます。
その語源は、力士同士が呼吸をあわせて「立ち合う」ことから来ています。
アマチュアの相撲では審判の合図で立合いますが、大相撲では「阿吽の呼吸」で行われます。
理想の立合いは、両力士が息を吐いて八分目ほど息を吸い込んでとめて、力が入った瞬間とされています。

通常の取り組みでは、蹲踞の姿勢から立ち上がって目を合わせながら腰を落として片手を着き、両者が合意した時点でもう片手をついてから相手にぶつかっていきます。
気が合わない場合中止して気が合うまで繰り返しができますが、現在は制限時間が設定されています。
制限時間が設定されてからというもの、制限時間内に立合うことはめったになくなりました。
また、相撲の勝負規則には、立合う際には必ず両手をつかなければならないとしていますが、戦後になってから立合いの乱れが少なからず問題となっています。

『力水と力紙、清めの塩』

「力水」とは、力士が神聖な土俵に上がる前にその身を清めるために使う水で、東西花道側の土俵の下の水桶に入れてあります。
相撲を取るために呼び出された東西の力士が土俵上で一礼して四股を踏んだ後に、前の取組で勝った力士から柄杓で力水をもらい、「力紙」で口や顔を拭きます。
このような神聖な作法を「力水をつける」といって、平安時代から続いている儀式でもあります。
ちなみに、相撲が長引いて中断することを「水入り」といいますが、これはもう一度力水をつけてから、相撲を再開することが語源となっています。

また、塩をまくのにも意味があります。
地中の邪気を払って土俵を清め、力士が負傷しないことを祈って、また、擦り傷などの殺菌効果もかねているといわれています。
縦横50cm、深さ40cmの「塩箱」と呼ばれる箱に入っていて、その補充は呼出がします。
三段目以下の力士は塩をまけないが、幕下の力士は時間的に余裕がある場合に塩をまくことができるようです。

『髷(まげ)』

力士の髪型である髷。
この髷は、頭の毛をキリッと締め上げることによって、全身で緊張感を感じることと、また、土俵の下に転落してしまった際に頭部を保護するためのものとなっています。
相撲の勝負においては、相手力士の髷をつかんだ場合反則負けになりますが、よっぽど悪質なときにこの規則が適用されます。

髷の種類は二つあります。
「丁髷(ちょんまげ)」
江戸時代の一般的な髪型でした。
力士が普段結っている髷です。
「大銀杏(おおいちょう)」
もともと、銀杏髷と呼ばれる結い方の一種で、髷の部分が大きいものを大銀杏と呼んでいました。
正面から見たときに先端が銀杏に似ていることからこの名前が付いています。
正装としての髪型で、十枚目以上の関取や、幕下力士で十両と対戦する力士、弓取り指揮をする力士だけが結う髷ですが、関取経験がなくても一度、引退後の断髪式の時にだけこの大銀杏を結います。
頭髪が衰えてきて髷が結えなくても、現在の規則においては出場停止などの罰則はありません。

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