大関とは現在、横綱の次に強い階級で、大関・関脇・小結を指している「三役」のトップとして多くの特権が与えられます。
明治時代までは現在の相撲の最高位である言葉「横綱」は腰に締める白い麻で編んだ綱を指していて、大関が最高位でした。
大関が最高位だったのは江戸時代にまでさかのぼって番付が作られるようになった頃で、「関取」の上に「大」の字を付けたことが語源となっているようです。
この大関になるためには、番付編成会議で大関昇進が決定されると、協会から使者が派遣されて横綱のときと同じような「昇進伝達式」が行われます。
新大関となるのは、翌場所の番付発表のときではなく、この時から大関と見なされます。
番付には東西に最低1名ずつ設定されることになりますが、大関が不在となるときには横綱が「横綱大関」として兼任します。
最近ではありませんが、横綱大関も難しい場合には関脇や小結から繰り上げ昇進させることもあるようですが、江戸時代には大関がいない場合には「看板大関」と呼ばれる大きくて見栄えがするだけの実力が伴わない力士を大関にする場合も少なからずあったようです。